相続した空き家を初めて購入検討者に見せる際、高額なハウスクリーニングや大規模な残置物の撤去を、真っ先に行う必要はありません。
内覧前の最優先事項は「見学者が怪我をしない安全な環境を確保すること」「重要書類や貴重品を安全に保管すること」「知っている建物の状態を正確に伝える準備をすること」の3点です。買主が建物を解体して更地にするのか、それとも改修して住むのかによって、室内に求められる状態は異なります。仲介担当者と売却方針を決める前に多額の費用をかけてしまうと、かけた費用を売却価格で回収できないおそれがあります。やり直しや無駄な出費を防ぐため、安全確認から説明準備までの具体的な手順をまとめました。
準備にかける費用と労力は買い手の検討方針で見極める
空き家の売却では、最初から家全体をモデルルームのように整える必要はありません。買い手の利用計画によって、家財の処分や清掃が物件の評価に与える影響が異なるためです。
- 現況渡しを検討する買主:建物を解体して更地にする計画のある方や、自分でリノベーションを手配する買い手は、内覧したときの汚れや残置物の状態を前提にして、価格や引き渡しの条件を交渉します。
- 室内改装を前提とする買主:水回りの設備や内装材を全面的に新しくする計画の場合、いまある設備の細かな汚れよりも、建物の構造に問題がないか、雨漏りがないか、間取りや日当たり(採光)が良いかを確認します。
- そのまま住むことを希望する買主:建物の状態が良く、すぐに入居することを想定している場合は、簡単な清掃や設備の動作確認をしておくと、購入検討の後押しになります。
建物の解体を前提とする買主であっても、解体工事の前に室内の残置物を正しく分別して処分しなければならない事例は多く、片付け費用そのものが不要になるとは限りません。ただし、解体工事で取り壊す内装や設備に高額なクリーニング費用をかけても、その出費を売却代金に上乗せして回収することは難しくなります。そのため内覧の段階では、まず安全に見学できる環境を整え、建物の今の状態をありのまま確認できる状態を優先します。
ステップ1:建物の安全確認と危険時の立入中止
空き家へ購入検討者や仲介業者を案内する前に、まず建物の外側から状態を確認し、物理的な危険がないかを確かめます。
- 建物の外まわり:屋根瓦や雨樋(あまどい)が落ちてくる危険、外壁の崩落、テラス屋根の破損、庭の深い段差や側溝(そっこう)のフタのズレ。
- 床面の劣化:湿気やシロアリ被害によって畳や床板がたわみ、踏み抜くおそれがある箇所。
- 階段・手すり:手すりのぐらつき、階段の角(段鼻:だんばな)の破損、踏み板のきしみ。
- 破損した物:割れた窓ガラス、垂れ下がった天井板、飛び出ている釘や金具。
外から見て建物が明らかに傾いている場合や、床が体重を支えられるか分からず踏み抜くおそれがある場合、天井が落ちてくる危険がある場合は、売主であっても無理に室内に入ってはいけません。建築士などの専門家に調査を相談してください。危険な場所を通らなければ案内できない物件では、内覧の実施そのものを見合わせる判断が必要です。床が少しだけたわんでいる程度の注意箇所については、養生テープなどで補助的に目印を付ける方法もあります。ただし、テープを貼ったからといって、立ち入りの制限や内覧の延期の代わりにはなりません。
長期間使っていなかった電気・水道・ガスは、安全点検を終えるまで、安易に電気を通したり水を通したりしてはいけません。契約の再開やガスの開栓手続きはそれぞれの供給事業者に連絡します。また、家の中の電気配線や給排水管に異常がないか、漏電や水漏れがないかの点検は、電気工事店や水道局指定の工事事業者などの専門業者へ個別に依頼してください。電気を通さない場合は、内覧を昼間の明るい時間帯だけに絞り、懐中電灯や持ち運びできるLED作業灯を用意して案内します。
ステップ2:重要書類・貴重品の保全と危険物の専門相談
空き家の片付けで最初に行うべき作業は、すべての部屋を掃除することではなく、持ち出すべき大切な物を確認して安全に保管することです。見学者が入る前に、物を失くしたり個人情報が外に漏れたりするリスクを防ぎます。貴重品を持ち出すときは、特定の相続人が勝手に自分のものにしたと誤解されないように注意が必要です。相続人同士で所有権や処分する権限を確認し、誰が保管するのか、何を持ち出したのかを一覧にして共有してください。
| 対象分類 | 具体的な物品 | 保全・取扱いの手順 |
|---|---|---|
| 財産・権利書類 | 登記識別情報通知書(権利証)、実印、通帳、有価証券、貴金属、現金 | 相続人同士で誰が保管するか合意し、記録を残したうえで持ち帰って鍵をかけて保管します。 |
| 個人情報・税務書類 | 遺言書、過去の売買契約書、建築関係書類、確定申告の控え、領収書、家族写真 | 購入時の費用(取得費)の証明や税金の申告に必要な書類は捨てずに選び分け、個人情報も安全に保管します。 |
| 薬品・危険物・可燃物 | 農薬、塗料・シンナー、カセットボンベ、残った灯油、中身が分からない薬剤 | 漏れや異臭がある物は動かさず、自治体の清掃窓口や消防署、専門業者に相談します。 |
古い売買契約書や領収書などの書類は、不動産を売却したあとの譲渡所得税を計算するときに、当時の購入費用(取得費)を証明する大切な証拠になります。安易に捨ててしまわずに、内容を確認する書類として確実に保管してください。また、物置などに残されがちな農薬やシンナー、中身の分からない薬品は、自分で持ち込める一般ごみと、専門の処理が必要な危険物とで扱いが分かれます。容器が膨らんでいたり、液が漏れていたり、強い刺激臭がしたりする場合は無理に動かさず、自治体や専門の回収業者に相談して安全に処分します。
ステップ3:無理のない見学動線の確保と一時的な防臭対策
内覧に来た人が室内を安全に見学できるように、歩くための通路(動線)を必要最小限確保します。すべての荷物を運び出す必要はありませんが、通路を確保する際は安全への配慮が欠かせません。
- 無理のない動線を確保する:玄関、廊下、主要な居室、水回り設備へ通じる通路から床置きの荷物を移動させます。見学者や案内担当者が無理なく歩行できる幅を確保し、狭い通路では無理にすれ違わず一人ずつ案内します。
- 家財の移動と集中を避ける:見学優先度の低い納戸などに荷物を一時移動させる際、特定の部屋や床へ荷物を過度に積み上げると床抜けの危険が生じます。床の耐力が確認できていない場所へ荷重を集中させない配慮が必要です。
- 到着後の換気を行う:締め切られた空き家には湿気やカビ臭が滞留しやすいため、現地に到着したら速やかに窓を開けて空気を入れ替えます。
- 排水口の防臭と管理:長期間使用していない水回りでは排水トラップの封水が蒸発し、下水管から臭気が上がることがあります。一時的な防臭対策としてラップ等で排水口を覆う養生が有効ですが、通水や設備確認を行う前には必ず取り外す管理を行います。
換気しても消えない強い異臭や、原因の分からない刺激臭がある場合は、排水口が乾いているだけでなく、壁の中で水漏れしていたり、小動物が入り込んで死骸が腐敗していたりするなど、建物の構造に問題が生じているおそれがあります。芳香剤で臭いをごまかそうとしたり、無理に自分だけで何とかしようとしたりせず、室内の確認をいったん中断して専門業者に原因の調査を依頼してください。また、見学者の履物は床の状態に合わせて選びます。ホコリが多い床や足元が不安定な床では、底の薄い使い捨てスリッパではなく、滑りにくくて底に厚みのある上履きを用意します。
ステップ4:残置物の処分負担と未確認の部屋の扱い
家具や家電などの荷物(残置物)が室内に残っていると、売買条件についての認識の違いからトラブルが起こりやすくなります。「現況渡し(今の状態のままでの引き渡し)」という条件で売る場合であっても、残された荷物の所有権や処分費用まで買主が引き受けるという合意が、当然に成り立つわけではありません。残された物(動産)の所有権が誰にあり、どちらの費用負担で撤去するのかは、契約を結ぶ前に個別に合意しておく必要があります。
- 売主の負担で引き渡しまでに処分する荷物:処分費用を見積もり、引き渡しの期日までに片付ける計画を伝えます。
- 買主が希望すれば無料で譲り渡す荷物:エアコンや照明器具など、買主がそのまま使うことを希望し、お互いに合意したもの。
- 引き渡しの対象から外す荷物:仏壇や神棚、形見分けの品など、売主側で確実に引き取るもの。
荷物が天井まで積み上がって安全を確保できない物置や、床が抜ける心配があって入れない部屋がある場合は、無理に案内せずドアに鍵をかけて、立ち入りを制限します。その際は、内覧できなかった未確認の場所とその理由を書面に記録しておきます。そして、荷物を片付けたあとにあらためて内覧を行うかどうかや、後から隠れた不具合が見つかったときにどう対応するかについて、仲介担当者と事前に取り決めておきます。
ステップ5:既知の不具合の整理と関連資料の準備
中古住宅の取引では、売主が知っている建物の欠陥や不具合を、買い手へ隠さずに伝えることが契約後のトラブルを防ぐ基本です。不動産適正取引推進機構「不動産売買の手引」(新しいタブで開きます)にも記載されているように、知っている事実を共有するために、実際の取引では「物件状況等報告書(告知書)」や「付帯設備表」を作成します。これらは法律によって売主に一律に作成が義務付けられている書類(法定交付書面)ではありません。しかし、不動産会社(宅地建物取引業者)が行う重要事項説明の基礎となり、引き渡し後に売主がどこまで責任を負うのかを明確にする大切な役割を持ちます。
売買契約の内容と合っていない不具合が引き渡し後に見つかった場合、売主は民法第562条などに基づく「契約不適合責任」を問われるおそれがあります。具体的には、修繕を求められたり(追完請求)、代金の減額を求められたり(代金減額請求)、損害賠償を請求されたりするリスクです。国土交通省「不動産取引に関するお知らせ」(新しいタブで開きます)でも案内されている通り、過去の修繕履歴や建物の不具合について正しく情報を伝えることが、安心して取引を行うための土台になります。
内覧のときに手元にそろえておくと説明がスムーズに進む資料は、次の通りです。
- 建築確認済証・検査済証・新築時の設計図面
- 過去のリフォームや増改築の見積書、工事完了報告書
- 直近の固定資産税・都市計画税の納税通知書(課税明細書)
- 過去に起きた雨漏り、シロアリ駆除、給排水管の修繕を行った時期と場所をまとめたメモ
- 土地の境界標(境界杭)の位置が分かる図面や筆界確認書
なお、建物の基礎や外壁のひび割れ、雨漏りなどの今の状態を専門家が調べる「建物状況調査(インスペクション)」については、媒介契約を結ぶ際にあっせん(仲介業者が検査機関を紹介・手配すること)に関する規定があります。国土交通省「建物状況調査(インスペクション)活用に向けて」(新しいタブで開きます)に示されている通り、宅地建物取引業法に基づいて、媒介契約を結ぶときに不動産業者が「あっせんの有無」を媒介契約書面に記載して交付することが義務付けられています。一方で、調査を実際に受けるかどうかは売主・買主のどちらにとっても自由(任意)であり、内覧前に必ず行わなければならない義務ではありません。調査にかかる費用や実施する時期は、査定の結果や売却の方針を踏まえて、仲介担当者と相談して決めます。
ステップ6:境界・設備・近隣事項の確認と回答手順
空き家を見学する買主は、建物の内部だけでなく、敷地の境界や近隣の環境についても質問してきます。相続した物件の場合、売主自身がそこに住んでおらず、詳しい状況を把握していないケースも珍しくありません。
- 敷地の境界とはみ出し(越境):隣の家の木の枝がこちらの敷地に入り込んでいないか、逆にこちらの雨樋などが隣の敷地にはみ出していないか。境界を示す杭(境界杭)がすべて見つかるか。
- 部屋に付属する設備(付帯設備):給湯器や換気扇が動くかどうか。故障している設備がある場合、それをそのまま引き渡す予定なのか。
- 近隣の環境やルール:町内会のルール、ゴミステーションの掃除・管理当番、水利権(農業用水などの利用に関する権利)や私道を通行する際の取り決めがあるか。
答えが分からない質問を受けたときに、その場の思い込みや推測で「問題ありません」と言い切ってはいけません。「自分が住んでいた家ではないため、確認したうえで仲介業者を通じて書面でお答えします」と伝えるルールを徹底してください。
ステップ7:鍵の管理・見学立会いと終了報告のルール
見学者が室内に入るときの防犯対策と、遠方に住んでいる売主への報告の手順を事前に決めておきます。
- 鍵の保管方法:売主が現地で立ち会えないときは、現地にダイヤル式のキーボックスを置いて仲介業者に管理を任せるか、仲介業者の店舗に合鍵を預けます。キーボックスの暗証番号は定期的に変更して、勝手に立ち入られるのを防ぎます。
- 見学時の立会い:購入検討者だけで建物に入ることは断り、必ず媒介契約を結んでいる不動産業者(宅地建物取引業者)の担当者が、最初から最後まで一緒に付き添うことを条件にします。
- 写真や動画の撮影ルール:リノベーションを検討するために、室内を撮影したいと考える買主は多くいます。原則として撮影は認める形にしつつも、個人情報や近所の家の中が写り込まないように配慮を求め、SNSなどのインターネット上に無断で投稿しないよう、仲介担当者から見学者へ事前に伝えてもらいます。
- 遠方にいる売主への終了報告:内覧が終わったあとは、担当者から「窓に鍵がかかっているか」「ブレーカーを落とし、水道の元栓を閉めたか」「照明を消したか」という確認の連絡をもらいます。あわせて、見学者がどのように感じていたか(購入したい気持ちの強さや、価格・残置物への要望など)を、メールやメッセージアプリで報告してもらう約束を交わしておきます。
内覧前の準備と査定・交渉後に進める作業の区分一覧
内覧の準備として先に行うことと、査定や購入条件の交渉を待ってから判断すべき作業の違いは、次の表の通りです。
| 分野 | 内覧前に売主・担当者が確認する範囲 | 査定・交渉後に専門家と判断する範囲 |
|---|---|---|
| 安全・立入り | 外観の確認、危険がある場合の立入中止、安全に通れる通路の確認 | 床の強度不足や傾きの修繕、足場を組んで行う外壁の補修 |
| 家財・残置物 | 重要書類の保護、危険物の相談、無理なく歩ける通路(動線)の確保 | 残置物のまとめての撤去、家財の譲り渡しや処分費用の負担に関する契約上の合意 |
| 清掃・見た目 | 窓を開けた換気、排水口の一時的な防臭、床の状態に合わせた上履きの用意 | 高額なハウスクリーニング、床の本格的な補修工事 |
| 設備・インフラ | 昼間の内覧設定、携帯ライトの持参、供給事業者への確認 | 水や電気を通した家の中の配管・配線の点検、設備の新しいものへの交換 |
| 建物・契約情報 | 知っている不具合の整理、図面・納税通知書・境界に関する情報の確認 | 建物状況調査(インスペクション)の実施、契約条件の交渉 |
無理にお金をかけて清掃や修繕をしなくても、安全を確保し、知っている情報を正直に伝える態勢が整っていれば、購入検討者は安心して検討を進められます。
