相続した実家や空き家を売却するときに、譲渡所得税を抑える代表的な特例として、国税庁 No.3306の空き家の3,000万円特別控除(新しいタブで開きます)と国税庁 No.3267の相続財産の取得費加算(新しいタブで開きます)があります。
同じ空き家(家屋や敷地)の売却において、この2つの特例は併用できません(一緒には使えません)。法律の規定で重複して使うことが禁止されているため、どちらか一方を選んで確定申告を行う必要があります。
ただし、すべてのケースで二者択一になるわけではありません。物件や相続税の条件によって、「両方が候補になる場合」「片方だけが候補になる場合」「どちらも使えない場合」に分かれます。亡くなった方(被相続人)の住まい方や家屋の建築時期、解体や耐震改修の見積もり費用、課税された相続税額、売却の期限といった条件を突き合わせ、手元に残る最終的な手取り額を比較して判断することが欠かせません。売買契約を結ぶ前に登記事項証明書や相続税申告書を手元に揃え、試算を進めましょう。
比較の基準となる通常の譲渡所得と税額の計算式
特例による減税効果を正しく比べるために、まずは特例を何も使わない場合の譲渡所得と税額の計算式を確認します。
土地や建物を売却したときの譲渡所得は、次の計算式で求めます。
* 譲渡所得 = 譲渡価額(売却代金) - (取得費 + 譲渡費用)
取得費とは、亡くなった方(被相続人)がその不動産を購入した代金や建築費から、年数の経過による価値の減少分(減価償却費)を差し引いた金額です。先祖代々の土地などで購入当時の売買契約書が見つからない場合は、売却代金の5%を「概算取得費」として計算します。
譲渡費用とは、売却のために直接支払った仲介手数料、測量費、売買契約書の印紙税、売主が負担した解体費用などを指します。
相続によって取得した不動産では、国税庁 No.3270(新しいタブで開きます)に示されるとおり、所有期間も被相続人の取得時期を引き継ぎます。売却した年の1月1日時点で所有期間が5年を超える通常の長期譲渡所得には、所得税15%、復興特別所得税0.315%、住民税5%の合計20.315%が課されます(国税庁 No.3208(新しいタブで開きます)。短期譲渡所得や別の軽減税率が適用される場合を除きます)。
相続した実家の売却にかかる税金の全体像や計算手順は、相続した実家を売却したときの税金で詳しく解説しています。特例を選択する目的は、税金の対象となる「課税譲渡所得」をいくら圧縮し、納める税金をどれだけ減らせるかを見極めることにあります。
空き家3,000万円特別控除の要件と仕組み
空き家の3,000万円特別控除(正式名称:被相続人の居住用財産に係る譲渡所得の特別控除の特例)は、相続した古い空き家や跡地を売却し、所定の要件を満たしたときに譲渡所得から一定額を控除する制度です。適用要件は国税庁 No.3306(新しいタブで開きます)、手続きの流れは相続空き家の3000万円特別控除で確認できます。
根拠資料:国税庁 No.3306「被相続人の居住用財産(空き家)を売ったときの特例」(新しいタブで開きます)
対象となる家屋と敷地の基本条件
特例の対象となるには、売却した人が相続または遺贈により「被相続人居住用家屋(亡くなった方が住んでいた家屋)」と「その敷地等」の両方を取得した相続人である必要があります。そのうえで、国税庁 No.3306の適用要件(新しいタブで開きます)に沿って、家屋と敷地が次の条件を満たすか確認します。
* 昭和56年(1981年)5月31日以前に建築された家屋(旧耐震基準の建物)であること * マンションなどの区分所有建物登記がされた建物ではないこと(一戸建てであること) * 相続開始の直前において、被相続人以外に居住していた人がいなかったこと(一人暮らしであったこと) * 相続の時から譲渡(または取壊し等)の時まで、家屋や敷地等を事業、賃貸、または居住のために使ったことがないこと
被相続人が要介護認定等を受けて老人ホーム等に入所していた場合でも、一定の要件を満たせば「相続開始直前まで被相続人の居住の用に供されていた家屋(従前居住用家屋)」として対象になります。また、取壊し後の敷地については、取り壊した時から譲渡の時まで建物や構築物の敷地として利用されていないことが必要です。
工事の要件と令和6年の法改正
旧耐震基準の家屋が対象であるため、売却にあたっては耐震性を確保するか、家屋を取り壊す必要があります。国税庁 No.3306が示す工事時期の要件(新しいタブで開きます)を基に、売却の進め方は次の3通りに分けて確認します。
* すでに一定の耐震基準を満たしている家屋、または引き渡す前までに耐震改修を行って現在の耐震基準を満たした家屋を、家屋単独または敷地等とともに売却する * 相続人が引き渡し前に家屋の全部を取り壊し、更地にして敷地等を売却する * 売却時点では耐震基準を満たさない家屋付きのままで引き渡し、買主が譲渡の日の属する年の翌年2月15日までに耐震改修を行って耐震基準を満たすか、家屋の全部取壊しを行う(令和6年1月1日以後の譲渡)
買主による工事が認められる方法は、令和6年(2024年)1月1日以後に行う譲渡から適用できるようになった法改正によるものです。これにより、売主が事前に耐震改修や解体の工事費用を用意しなくても、特例を利用しやすくなりました。
控除額の上限と売却代金1億円の判定ルール
控除額の上限、売却代金、売却時期には、国税庁 No.3306(新しいタブで開きます)で次の基準が定められています。
* 控除限度額:被相続人居住用家屋およびその敷地等を相続または遺贈により取得した相続人の数が1人または2人の場合は最高3,000万円。取得した相続人の数が3人以上である場合は最高2,000万円となります(令和6年1月1日以後の譲渡)。 * 売却代金の上限:売却代金が1億円以下であること。この判定では、一体として利用していた部分を分割して売却した場合や他の相続人が売却した場合も含め、相続の時から特例を受けて売却した日から3年を経過する日の属する年の12月31日までの間に売却された代金がすべて合算されます。合算して1億円を超えた場合、過去に遡って特例の適用が取り消され、超えることとなった売却の日から4か月以内に修正申告と納税が必要です。 * 売却期限:相続の開始があった日から3年を経過する日の属する年の12月31日までであり、かつ制度自体の適用期限である令和9年(2027年)12月31日までの売却であること。
特例の適用を受けるには、物件が所在する市区町村長から「被相続人居住用家屋等確認書」の交付を受け、確定申告書に添付して提出する必要があります。必要書類も国税庁 No.3306の申告手続(新しいタブで開きます)で確認してください。
取得費加算の特例の要件と計算方法
相続財産を譲渡した場合の取得費の特例(取得費加算)は、相続時に課税された相続税額のうち、売却した資産に見合う金額を譲渡所得の取得費に上乗せできる制度です。取得費が増加するため、課税される譲渡所得を直接減らすことができます。特例の詳しい計算例や必要書類については、相続財産を売却したときの取得費加算の特例で詳しく解説しています。
根拠資料:国税庁 No.3267「相続財産を譲渡した場合の取得費の特例」(新しいタブで開きます)
適用を受けるための必須要件
取得費加算を適用するには、国税庁 No.3267(新しいタブで開きます)に示される次の要件をすべて満たす必要があります。
* 相続や遺贈により財産を取得した人であること * その財産を取得した人に相続税が課税されていること * その財産を、相続開始のあった日の翌日から相続税の申告期限の翌日以後3年を経過する日までに譲渡(売却)していること
相続税の申告期限は通常「相続開始があったことを知った日の翌日から10か月以内」です。そのため、一般的なケースでは相続開始からおおむね3年10か月以内の譲渡が対象となります。なお、相続税が課税されなかった人はこの特例を利用できません。期限の起算点は国税庁 No.3267(新しいタブで開きます)で個別に確認してください。
加算できる相続税額の計算式
取得費に加算できる金額は、納付すべき相続税の全額ではありません。その人が負担した相続税額のうち、今回売却した財産に対応する割合分のみを計算します。
加算額の計算式は次のとおりです。
* 取得費に加算する相続税額 = その者の相続税額 × [その者の相続税の課税価格の計算の基礎とされたその譲渡した財産の相続税評価額 ÷ (その者の取得財産の価額 + その者の相続時精算課税適用財産の価額 + その者の純資産価額に加算される暦年課税分の贈与財産の価額)]
分母には、債務控除などを差し引く前の取得財産価額を用います。また、令和6年1月1日以後の贈与財産については、税制改正に基づく所定の控除を行った後の価額を算入します。計算式と控除の扱いは国税庁 No.3267(新しいタブで開きます)の最新記載を使ってください。
また、加算できる金額の上限は、この特例を使わずに計算した譲渡益(売却代金 - 取得費 - 譲渡費用)の金額までです。取得費加算によって譲渡損失(赤字)を発生させ、他の所得と損益通算すること(赤字分を差し引くこと)はできません。
対象資産の幅広さと建物条件の柔軟さ
取得費加算の要件は相続税の課税、対象財産の取得、譲渡期限を中心に定められており、国税庁 No.3267(新しいタブで開きます)には空き家特別控除のような建築時期や耐震工事の要件はありません。
昭和56年6月以降の新耐震基準の家屋でも、マンションの一室でも、相続後に賃貸物件として貸し出していた土地建物でも適用できます。さらに、建物を解体したり耐震改修工事を行ったりする必要もありません。
空き家3,000万円控除と取得費加算の比較表
国税庁 No.3306(新しいタブで開きます)とNo.3267(新しいタブで開きます)を基に、2つの特例の違いを整理した比較表です。どちらが適用候補となるか、各項目を照合してください。
| 比較項目 | 空き家3,000万円特別控除(措法35条3項) | 取得費加算の特例(措法39条) |
|---|---|---|
| 同一物件での併用 | 不可(選択適用) | 不可(選択適用) |
| 控除・加算の上限額 | 最高3,000万円(家屋・敷地等の取得者が3人以上の場合は最高2,000万円) | その者の相続税額のうち譲渡資産に対応する按分額(加算前の譲渡益が上限) |
| 相続税の課税 | 不要(相続税が課税されていなくても利用可能) | 必須(その人に相続税が課税されていることが要件) |
| 対象となる建物 | 昭和56年5月31日以前建築の一戸建て(マンション不可) | 制限なし(新耐震基準・マンション・土地のみも可) |
| 利用状況の制限 | 相続直前に被相続人が一人暮らし、相続後は完全空き家 | 制限なし(相続後の賃貸利用などがあっても可) |
| 工事要件 | 耐震基準適合(既存適合または引渡し前改修)か取壊し、または買主による翌年2月15日までの耐震改修・取壊し | 工事不要(現況のまま売却可能) |
| 売却代金の上限 | 1億円以下(他の相続人や分割売却、後続売却を含めて合算判定) | 上限なし |
| 売却期限 | 相続開始から3年を経過する日の属する年の12月31日まで(制度期限:2027年12月31日まで) | 相続開始の日の翌日から相続税の申告期限の翌日以後3年を経過する日まで(通常例でおおむね3年10か月以内) |
| 必要となる主な書類 | 自治体の被相続人居住用家屋等確認書、耐震基準適合証明書または解体履歴を証する書類等 | 相続財産の取得費に加算される相続税の計算明細書、相続税申告書の控え等 |
根拠資料:国税庁 No.3306「被相続人の居住用財産(空き家)を売ったときの特例」(新しいタブで開きます)・国税庁 No.3267「相続財産を譲渡した場合の取得費の特例」(新しいタブで開きます)
共有名義で相続したときの注意点
兄弟姉妹など複数人で空き家を相続した場合、特例の適用要件や計算方法は共有者ごとに個別に判断します。
根拠資料:国税庁「相続した空き家を売却した場合の特例チェックシート」(新しいタブで開きます)(熊本国税局 令和6年分チェックシートおよび国税庁No.3306)
空き家特別控除における人数と控除枠
国税庁 No.3306(新しいタブで開きます)の控除限度額は、対象となる家屋と敷地等を取得した相続人の人数を確認したうえで、特例を申告する共有者ごとに判定します。
* 家屋および敷地等を取得した相続人が1人または2人の場合:最高3,000万円(2人の場合は各自最高3,000万円) * 家屋および敷地等を取得した相続人が3人以上の場合:各自最高2,000万円
ただし、売却代金が1億円以下かどうかの判定は、物件全体の代金で行います。「自分の持分に応じた受取額が1億円以下」であっても、他の相続人の売却分や分割売却分を合算した全体の売却額が1億円を超えていれば、共有者全員が特例を使えなくなります。
取得費加算における共有者の個別計算
取得費加算は、共有者各自に課税された相続税額と、自身が取得した財産の価額をもとに計算します。
例えば、長男には相続税が課税されたものの、次男は取得財産が基礎控除以下であったり、債務控除などを引いた結果として相続税が課税されなかったりした場合、次男は取得費加算を利用できません。このように、取得費加算を利用できるかどうかや加算額は、共有者ごとに完全に分かれます。
共有者ごとに異なる特例を選択できるか
同一の納税者が同一の資産売却について、2つの特例を併用することは認められません。
しかし、共有者Aが自身の申告で「空き家特別控除」を選択し、別の共有者Bが自身の申告で「取得費加算」を選択すること自体は、税務上妨げられていません。各自の相続税の課税状況や取得費の金額に応じて、有利な特例を個別に選択できます。
ただし、空き家控除を適用するためには、家屋の耐震基準への適合や取壊しが必要となります。そのため、どのような条件で売却するかや解体費用の負担について、共有者全員で事前に話し合って合意しておく必要があります。
二案の手取り額を比較する判断手順
どちらの特例を優先して検討すべきかは、次の3つの視点から整理します。
1. 物件と相続税の条件による適用候補の絞り込み
まずは空き家特例の要件(新しいタブで開きます)と取得費加算の要件(新しいタブで開きます)を確認し、双方が候補か、片方のみか、どちらも使えないかを判定します。
* 双方が候補となるケース:昭和56年5月31日以前に建築された一戸建てで一人暮らしをしており、相続後に利用しておらず、売却代金が1億円以下で工事要件を満たせ、かつ相続税が課税されている場合 * 空き家控除のみ候補となるケース:家屋の条件を満たしているものの、相続税が課税されていない場合(取得費加算は利用できません) * 取得費加算のみ候補となるケース:昭和56年6月1日以後の建築、マンション、相続後に賃貸した、売却代金が1億円を超える、耐震改修や解体を行わないなどの場合(空き家控除は利用できません) * どちらも使えないケース:昭和56年6月1日以後の建築で相続税が課税されていない場合や、それぞれの売却期限を過ぎてしまった場合
2. 解体・改修工事費用を織り込んだ実質手取りの試算
空き家3,000万円控除の工事要件は国税庁 No.3306(新しいタブで開きます)で確認できます。売主側で解体や耐震改修を行う案では、見積額から利用できる補助金などを差し引いた実負担額を、手取り試算へ入れます。
空き家控除で譲渡所得税を抑えられたとしても、解体や改修の見積費用が高額であれば、最終的な手取り額が取得費加算を選んだ場合(または特例を使わない場合)を下回ることがあります。買主が譲渡の日の属する年の翌年2月15日までに工事を行う条件で売却できるかどうかも含め、見積費用を反映して実際の手取り額を計算する必要があります。
3. 加算できる相続税額と控除枠の規模比較
双方が候補となる場合は、空き家特例の実際の控除額(新しいタブで開きます)と取得費に加算できる相続税額(新しいタブで開きます)を同じ譲渡益に当てはめ、工事費なども含めて比較します。
* 取得費に加算できる相続税額が空き家特例の実際の控除額より小さい場合:ほかの条件が同じなら、空き家特例のほうが課税譲渡所得を大きく減らせる可能性があります。ただし、控除できるのは譲渡益までで、工事費も手取りから差し引きます。 * 譲渡資産に対応する相続税額の加算分が空き家特例の実際の控除額を上回る場合:取得費加算のほうが課税譲渡所得を大きく減らせる可能性があります。名目上の上限だけで決めず、各特例を使った税額と実負担費用を計算して比較します。
売買契約を結ぶ前に税理士へ確認する準備
不動産の売買契約を結び、物件を引き渡した後に「もう一方の特例の方が手取りが多かった」「要件を満たせず特例の適用を受けられなかった」と分かっても、契約形態や引渡日を過去に遡ってやり直すことはできません。
税務署や税理士へ相談する際は、空き家特例の申告手続(新しいタブで開きます)と取得費加算の申告手続(新しいタブで開きます)を確認し、次の資料を手元に揃えて二案の手取り額の試算を依頼してください。
* 不動産の登記事項証明書(土地・建物):建築時期や所有権の移転日を確認するため * 被相続人の住民票の除票・戸籍謄本:一人暮らしの状況や相続人の数を確認するため * 相続税申告書の控え(第1表・第11表など):課税価格と各人の相続税額を確認するため * 不動産会社の査定書または売買契約書の案:売却代金の見込みを確認するため * 解体または耐震改修の見積書:工事費用の発生の有無や金額を確認するため
